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【アラベスク】  第5章 古都の夢



第4節 女心 [3]




 ここは施設の入り口の階段。(うずくま)るように腰をおろす。
 幼い子供は眠ってしまい、ようやく静寂が辺りを包む。
 もう帰らなければいけない時間だが、入り口で涼むシロちゃんを見つけ、なんとなく話し込んでしまった。
「思い出し笑い?」
「へへっ」
「気持ち悪いっ」
「コラッ そんな言い方ないだろっ」
 同じ歳なのに姉と妹のような関係。
 シロちゃんは、ポカッと叩かれた頭をさすり、ぶぅと膨れながら口を開いた。
「何を思い出してたの?」
「彼のコト」
「いいなぁ〜」
 今度は羨ましそうな声。
「私も、彼氏欲しいなぁ〜」
「好きな子、いないの?」
「いないよぉ〜。いるワケないじゃん」
「なんでよ? ウチには男もいっぱいいるじゃん」
「好みがいない」
 ピシャリと言い放つシロちゃんの言葉に、頬をヒクヒクさせて苦笑する。
 シロちゃんって、意外と気の強いところもあるからな。理想も高そうだし。
「じゃあ、ひょっとして初恋まだだとか?」
 ツバサの言葉になぜだかシロちゃんは口を閉じ、夜空を仰いで瞳を閉じた。
「そんなコトはないよ」
「へぇ いつ?」
「中一」
「遅いね」
「かなぁ?」
(こく)った?」
「うん。って言うか、告られた」
「わおっ」
 ツバサの冷やかしに、ふふっと笑う。
「じゃあ、付き合ったんだ」
 そう言ってから、あっと口を抑える。
 今のシロちゃんに彼氏はいない。と言うことは……
「ご、ごめん」
「いいよ」
 顔を戻して、優しく笑う。
「もう終わった事だし」
「変なコト思い出しちゃったよね」
「って言うか、結構思い出す時もある」
「忘れられない、とか?」
「忘れられないと言うか」
 そこでうーんと両手を上へ伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。
「彼、名前がちょっと珍しくてね。インパクト強くって、記憶に残る」
「へぇ、何って名前?」
 ツバサの彼氏も、ちょっと珍しい。康煕(こうき)という名前はそれほどでもないだろうが、(つた)という名字はあまりない。
 ツバサに問われシロちゃんは、今度は地面に蹲った。
 人差し指で、地面を(こす)る。
「ツタっていうの」

「えっ?」

 耳を疑った。
 だがシロちゃんは、地面と向かい合ったまま。そんなツバサには気付かない。
「ツダじゃないよ。ツタって言うの。草冠に鳥って書くの」
 地面に書いた文字を、汚れた指でさし示す。
 "蔦"という文字を確認するように小さく頷き、そうしてツバサを振り仰ぐ。
 ちょっと首を傾げて、愛らしく笑った。
「珍しい名字でしょう?」
「…… そうだね」
 その声が震えないよう、ツバサはグッと腹に力を入れた。


------------ 第5章 古都の夢 [ 完 ] ------------





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